百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2018年4月24日火曜日

プルースト、三十歳の自己評価

「楽しみも目標もなく、活動も野心もなく、この先の人生はすでに終わったも同然で、自分が両親に味わわせている悲しみに気づいている僕には、わずかな幸福しかない」
プルースト、三十歳の自己評価。「プルーストによる人生改善法」(A.ド・ボトン著/畔柳和代訳/白水社)より

2018年4月13日金曜日

メグレ警視とデュマ

病気のとき、メグレはアレクサンドル・デュマの小説に読み耽るのが習慣だった。そのため、黄色い頁にロマンチックなさし絵の入った古い廉価版のデュマ全集をもっていた。これらの本が発散する匂いは、なににもまして、メグレに、これまでかかったあらゆる軽い病気のことを思い起こさせるのだ。……
「メグレと殺人者たち」(G.シムノン著/長島良三訳/河出文庫)より

2018年4月5日木曜日

「四月大歌舞伎」、仁左衛門一世一代「絵本合法衢」

随分と久しぶりにスーツとネクタイ。春の行楽らしく稲荷寿司のお弁当を調えて、歌舞伎座の夜の部へ。鶴屋南北作「絵本合法衢」を観劇。仁左衛門が「一世一代にて相勤め申し候」、つまり、この役の演じ納めで、これは観ておかねばと。実は歌舞伎座初演でもあるらしい。

左枝大学之助と太平次の二役を仁左衛門、高橋瀬左衛門と弥十郎の二役を彌十郎、うんざりお松と弥十郎妻皐月の二役を時蔵、与兵衛を錦之助、お亀を孝太郎など。もちろん見所は、二人の悪役を二役で演じる仁左衛門である。仁左衛門はちょっと剽軽で上品な役、上等に出来ている人間の役が似合う、と私は思っているのだが、もちろん悪役を演じてもうまい。それに実年齢を考えると、驚異的に若い。

この「絵本合法衢」の南北原作を良く知らないのだが、舞台で観ている限り、やたらに人を殺す悪いやつが悪いまま最期まで悪いというだけで、あまり深みを感じない。真正面からいかに悪を演じ切るかが焦点の演目なのだろうか。