百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2018年1月25日木曜日

嵐の海

大海で風が波を掻き立てている時,陸の上から他人の苦労をながめているのは面白い.他人が困っているのが面白い楽しみだと云うわけではなく,自分はこのような不幸に遭っているのではないと自覚することが楽しいからである.野にくりひろげられる戦争の,大合戦を自分がその危険に関与せずに,見るのは楽しい.とはいえ,何ものにも増して楽しいことは,賢者の学問を以て築き固められた平穏な殿堂にこもって,高処から人を見下し,彼らが人生の途を求めてさまよい,あちらこちらと踏み迷っているのを眺めていられることである — 才を競い,身分の上位を争い,日夜甚しい辛苦をつくし,富の頂上を極めんものと,又権力を占めんものと,齷齪するのを眺めていられることである.
おお 憐む可き人の心よ,おお 盲目なる精神よ!此の如何にも短い一生が,なんたる人生の暗黒の中に,何と大きな危険の中に,過ごされていくことだろう!
「物の本質について」(ルクレーティウス著/樋口勝彦訳/岩波文庫)より