百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2017年7月23日日曜日

「ブルー・ハンマー」

居間のエアコンが故障し、代替機がいつ設置できるかも目下不明で、真夏を満喫中。寝室と書庫にもエアコンがあるので、気をつけていれば熱中症の危険はないと思うが。

この土日は、定例のゼミに出席したり、知り合いの方に御自宅からの花火見物に誘っていただいて一家団欒のお邪魔をした他は、居間で冷たい発泡水を飲みながら読書など。「ブルー・ハンマー」(R.マクドナルド著/高橋豊訳/ハヤカワ文庫)を一息に読み通した。

「ブルー・ハンマー」は「縞模様の霊柩車」を古本屋で買ったら、無料でオマケにつけてくれたもの。おかげで期待せずに読んだせいか、(少なくとも読み終えた直後は)すごい傑作だと興奮した。ロス・マク流としか言いようのない冷徹な陰鬱さと、登場人物は少ないのに複雑でトリッキィなプロットのブレンドの塩梅が絶妙で、しかもどの描写もあっさりしているようで深い。ある意味では脇役だが、アーチャーが親しくなる女性記者の描写など凄みがあって、なかなかこうは書けないと思った。

ロス・マクと言えば、「さむけ」と「ウィチャリー家の女」の二作だけ読めば十分、とくらいに思っていたのだが、最後の作品でこの水準に逹しているところからして、読めるだけ読むべきかも知れない。

2017年7月21日金曜日

うぬぼれとむなしさ

われわれは、全地から、そしてわれわれがいなくなってから後に来るであろう人たちからさえ知られたいと願うほど思い上がった者であり、またわれわれをとりまく五、六人からの尊敬で喜ばせられ、満足させられるほどむなしいものである。
パスカル「パンセ」(前田陽一・由木康訳/中公文庫)より

2017年7月19日水曜日

要点

「ほかに何か話したいことがありますか」
「要点はそれだけです」
「ああ、よかった」と、彼はいった。「わたしは七十五歳で、いま二百十四点目の絵を描いているところなんでしてね。もしわたしが他人の問題に気をとられるのを防止しなければ、わたしはその絵を完成させることができないかもしれない。ですから、これで電話を切ることにしますよ。ミスター — ま、あんたの名前なんかどうでもいいや」
「ブルー・ハンマー」(R.マクドナルド著/高橋豊訳/ハヤカワ・ミステリ文庫) より

2017年7月18日火曜日

悲劇

「エレナ、人生は、あらゆる悲劇の母……いやむしろ、悲劇のマトリョーシカだよ。大きな人形を開けると、小さな悲劇が入っていて、その中にももっと小さな悲劇が……。究極的には、それが人生をおかしく見せるんだ」
「人生は美しい悲劇にもなりうるわ」
ジョナサンはうなずいた。「正しく解釈すればね」
「[時間SF傑作選] ここがウィネトカなら、きみはジュディ」(大森望編/ハヤカワ文庫)所収、「彼らの生涯の最愛の時」(I.ワトソン&R.クアリア著/大森望訳)より

2017年7月17日月曜日

三連休

三連休、と言っても隠居の身には毎日が祝日みたいなものなので、人出にぶつからないように家でおとなしくしている以上の意味はない。特に最近は猛暑らしいので、外に出ないに越したことはない。

そんなわけで、この三日間はずっと校正作業と、その合間の SF 小説読書に集中。自分の本(数学の教科書)は再校を締切より数日早く仕上げ、SF 小説は「ハイペリオン」(D.シモンズ著/酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫)と「ユービック」(P.K.ディック著/浅倉久志訳/ハヤカワ文庫)を読んだ。

「ハイペリオン」はエンタテイメントとしてはすごく面白いのだが、SF と言うよりは SF 的設定を舞台にした娯楽作品の感。そして、盛り上げに盛り上げて、さあここから、というところで「以下は次号を乞うご期待」。次作を含めての二部作、もしくは、さらに次の二部作を含めての四部作で完結するらしい。「ユービック」は、また別の意味で、SF と言えるのかどうか…… SF のような、ミステリのような、ハチャメチャのような、精緻絶妙なような、破綻しまくりのような、兎に角、変な作品。身の周りのものが、見る見るうちにテレビが真空管ラジオになり、自動車はクラシックカーになり、と先祖帰りしていき、それを食い止められるのは、現実補強スプレー「ユービック」。なんて、もうほとんど落語では。

2017年7月12日水曜日

十の定理

今日 12 日発売の「数学セミナー」8 月号(日本評論社)の特集「分野を語る 10 の定理」で確率と統計のパートを担当した(「確率と統計を語る 10 の定理」)。

「確率・統計」とまとめて言われても、確率論も統計学もそれぞれに広大な分野であり、しかも私は確率論の専門家ではあっても統計学をほとんど知らないので、企画を聞いて「こりゃまいったな」と思ったのだが、考えれば考えるほどアイデアが発散するので、ほとんど勢いにまかせて一筆書で書いた。

諸先生方におきましては、そんなのは「確率・統計」を代表する 10 の定理ではない、私ならこう選ぶだろう等々、ご意見が色々と浮かぶことではありましょうが、ご興味のある方は、課題の難しさを想像しながら、おおどかな気持ちで、ご笑覧下さいませ。

2017年7月8日土曜日

「烈風」

胡瓜とハムのサンドウィッチと白ワインの夕食を食べながら、「烈風」(D.フランシス著/菊池光/ハヤカワ文庫)を読み始める。

残りわずか数冊の未読フランシス本の一冊。相変わらず、職業が異なるだけで本質的に全く同じ主人公(賢く、礼儀正しく、廉潔で、どこまでも忍耐強い)を用いてマンネリズムを貫いている。それでもその枠内で手を変え品を変え、高水準のサスペンスを書き続けたところが偉い。

この「烈風」の主人公は気象予報士。競馬にとって天気は重要な因子だろうから、競馬シリーズ第 37 作目にして、なるほどその手があったか、の感。私の知る限り(そして記憶が確かならば)、本シリーズで博士号を持つ唯一の主人公では。いや、医者か獣医がいたような、いなかったような。

2017年7月6日木曜日

金明竹

今朝、最近の懸案事項の一つを前進させることができたので、開放的な気分になり、と言っても私のような隠居に華やかな遊び方などないので、近所のインド料理屋で昼食をとってから、また鈴本演芸場に行く。

二ツ目の方の「金明竹」を聴きながら、ふと、横溝正史「獄門島」の「きちがいじゃがしかたがない」はこの噺からアイデアを得たのではないか、と思う。「金明竹」は「寿限無」同様に暗唱と滑舌の訓練のためよく演じられるらしいので、都筑道夫のような演芸通でなくても、横溝も一般教養として知っていた可能性は高い。

他の演目は「宗論」、「壺算」、「紙入れ」、「船徳」など。「宗論」は歌舞伎の「連獅子」同様に宗教論争の話なので、不謹慎なところが面白い。「紙入れ」は同じ噺家で二度目。得意の演目らしい。「船徳」は今日のトリ。夏らしくてよろしい。

そして今日は、私は初めて生で聴いたのだが、講談の演目があった。「四谷怪談」の前日談で、お岩誕生の因縁話。これまた夏らしい。

2017年7月3日月曜日

七月大歌舞伎初日

ほぼ猛暑日と言ってもいいほど高温の真夏日にぶつかってしまったが、歌舞伎座へ。昼の部を観劇。

「矢の根」は曽我五郎に右團次、曽我十郎に笑也など。漫画的な一幕だが、荒事はそういうものだと目出たく観る。「加賀鳶」は道元に海老蔵、松蔵に中車など。やはり黙阿弥は台詞がいい。名調子を聞かせますよという風な、くどめの台詞まわしが私は好きだが、海老蔵と中車はあっさり流してしまう感じ。「連獅子」は右近左近と親子獅子の精に海老蔵と巳之助、僧の二人に男女蔵と市蔵。僧の二人のかけあいが軽妙で楽しい。踊りの良し悪しは私には良く分からない。

昼の部はわりと空いていたが、おそらく夜の部の「駄右衛門花御所異聞」の方が人気だからだろう。

2017年7月1日土曜日

碩鼠

月末、四半期末なので、家政の状況のまとめ。引退された方は皆、経験していることなのだろうが、税金と社会保険料に吐息一つ。理屈では分かっていたので、予測通りではあり、実質的な問題はないものの。

「詩経」に「碩鼠碩鼠、我ガ黍ヲ食ムコト無カレ」とあったのは、なるほど、このことを歌っていたのである。または、「兎アリ、爰爰タリ。雉、羅(あみ)ニ離(かか)ル」、かも。百姓民草の気持ちは洋の東西、古今を問わず。